東日本大震災から10か月…

東日本大震災から今日で10か月。
新年早々、4か月ぶりに再び被災地、気仙沼を訪ねて来ました…

被災地、気仙沼 
4か月ぶりに訪れた被災地、気仙沼の片浜地区。気仙沼湾に浮かぶ大島を望む。
復興への歩みが少しでも感じられるかと期待して行きましたが、残念なが4か月前に訪れた時とほとんど変わっ
ていませんでした。この片浜地区は震災前は住宅地で、たくさんの家々や商店、コンビニ、飲食店などがびっし
り立ちならんでいた地区ですが、大津波に襲われすべて流されてしまった今では、人っ子一人見受けられま
せん。
片浜と呼ばれる地区だけあって、海がすぐそこにあります。震災前、家々があった時は、住民のみなさんも
こんなに海が近いとは思わなかったでしょう。気仙沼の中でも多くの犠牲者が出た地区のひとつです
(3.11直後の片浜地区の動画はこちら)。
この片浜地区に住んでいた僕の友人の一人も、残念ながら大津波の犠牲者となってしまいました。
彼には1994年に気仙沼で開催した僕のリサイタルの時にも、いろいろお世話になったのです。ここで彼の
ご冥福を祈りました。

被災地、気仙沼a
風光明媚な三陸沿岸を走っていた気仙沼線。観光客にも大人気でしたがすべて流されてしまいました。
片浜地区には松岩駅がありましたがもちろん駅舎はもう存在しません。わずかに踏み切りのレールが残って
いるだけ。トンネルを抜けた向こうは気仙沼市街地になります。
気仙沼駅2012
↑幸い海岸からやや離れたところに位置する気仙沼駅は大津波の被害にあわず無事でしたが、
気仙沼線はもちろん、大船渡方面の線路も流されたので復旧の見込みはたっていません(一関行きは
大丈夫です)。

被災地、気仙沼b 
気仙沼、尾崎地区の船着場。岸壁のコンクリートも崩れたまま。地盤沈下が激しい地区です。
この画像を撮影した時はちょうど満潮時で、潮の流れが速く恐ろしいほどでした。後で土地の人に、僕一人で
ここに行って来たと話したら、危険なので絶対一人では行かないように注意され、呆れられました。

被災地、気仙沼c 
ところどころに高く積まれた瓦礫がいまだにそのままになっています。
被災地、気仙沼d
津波で傷ついたたくさんの漁船。
テレビ等で被災地の情報を見るのと実際訪れるのではぜんぜん違う印象です。ハイビジョン映像といえども、
実際の被災地の雰囲気は伝わって来ません。

By 管野滋樹
  Shigeki Kanno/Opera Singer
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