ディ・ステファノが亡くなって1週間

Di Stefano 2 
   ↑若き日のジュゼッペ・ディ・ステーファノ

イタリアの往年の大テノール、ジュゼッペ・ディ・ステーファノが、3月3日ミラノの自宅で息を引きとって、
今日で一週間、日本で言うところの初七日を迎えました。
2004年、ケニアの彼の別荘で強盗に襲撃され、その後ミラノに移送、意識不明のまま3年以上
昏睡状態が続いていた中での彼の最期は、全盛期の彼の華やかなオペラ公演の
イメージからは、
あまりにもかけ離れた終幕といえましょう。
僕がディ・ステーファノにお会いしたのは、後にも先にも1989年、ミラノのナイト・クラブで、彼のこれまでの
輝かしいキャリアを振り返るトークイベントにおいての一回だけですが、このときの印象は強烈で、
今も昨日の事の様に覚えています。
このイベントは20人程度のオペラ関係者の為に企画された内輪の会だったのですが、
開始時間ぎりぎりまで会場の準備に手こずっていたようで、僕が到着した時にやっと出来上がった状態でした。
スタッフの方々が、ディ・ステーファノが登場する前に準備が間に合ったので、ホッとしていたその時、
葉巻をくわえながら悠々とマエストロが登場!
でも、彼にはこの会場のセッティングが気に入らなかったらしく、舞台にあったテーブルや椅子の位置が
良くないから下ろせとか、右だ左だとか言ってすべて彼の満足するようにやり直し。
でも結局彼は、やっぱり最初にスタッフ達がセッティングしていた位置がいいと言って、
またすべて元どおりにやり直して、一件落着。
葉巻をくわえて仕切ってる様は、映画「ゴッドファーザー」さながらの迫力でした(僕もこうなりたいな~)。
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 ↑1966年、サン・レモ音楽祭に出演したディ・ステファノ

彼のオペラ歌手としての魅力は、なんといっても開放的な音色のユニークな美声と天才的な歌いまわし&音楽性です。
同時代のテノール歌手の中でも、特に言葉を大切に歌っているので、オペラ歌手なのに軽音楽を歌った時でも、
違和感を与えません。
彼がしばしば言っていた「美しいで声で音符を歌っているだけの歌手がほとんどだけど、歌詞の言葉を聴かせられる
歌手は少ない。それはオペラでもリートでも、軽音楽でもおなじ。つまり、上手い歌を歌える歌手は多いけど、
いい歌を歌える歌手は少ないということだね‥」という言葉を思い出します。彼はキャリアの後半、オペラ公演より楽な、
軽音楽のジャンルに進出して、オペラファン達から非難された時期がありましたが、彼にとっては、
音楽のジャンルの違いは、あまり問題ではなかったのかもしてません。
我が家のアーカイブよりDi Stefano
↑我が家のアーカイブに保存している、1989年ミラノでディ・ステーファノからもらった彼のポートレート写真と、
 自筆のサインつきメッセージ。

↑Di Stefano sings "La donna e’ mobile"

By 管野滋樹 →プロフィール
  Shigeki Kanno/Opera Singer

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