”死は恐ろしいもの‥(運命の力)”

 
僕は今日、ヴェルディのオペラ「運命の力 La Forza del destino 」のドン・カルロ・ディ・ヴァルガス役を練習しました。このパートはヴェルディ・バリトンの中でも一、二を争うほどの難役ですが、テノール(ドン・アルヴァーロ役)との素晴らしく劇的な二重唱や、長大なアリア”死は恐ろしいもの‥この中に私の運命がある Morir! tremenda cosa!”など、輝かしい高音も要求される、大変歌いがいのあるバリトンパートで僕は大好きです。
オペラ「運命の力」といえば、僕の敬愛するバリトン歌手、レナート・ウォレン Leonard Warren が、1960年3月、メトロポリタン・オペラでこの役を歌っている途中、アリアの後半 Egli e’ salvo! に入るところで急死したという大変痛ましい出来事!この夜の出来事は、当時のメトの総支配人ルドルフ・ビングの回想録として、「オペラの幕は永遠に上がる/十文字孝夫 著」の中で語られています。少し紹介しますね。
「‥それは3月に、まさしく「運命の力」での第二幕で起った。このオペラは、レナータ・テバルディ、リチャード・タッカー、チェーザレ・シエピ、レナート・ウォレンという、メトのオールスターキャストによるものであった。ウォレンは、ほんの四夜前にボッカネグラの役で大変な成功を収めていた。私は舞台の袖に立っていた。タッカーとウォレンは二重唱を歌い終えて、タッカーは深手を負った戦士にふさわしく担架で運び去られていた。ウォレンが「この中に私の運命がある」を歌う前に心配そうにしており、それから歌い始め「復讐の喜び」の前に入るまでの間、タッカーと私はひそひそ話をしていた。
彼は歌った。「喜び、おお喜び」 それから樫の木が木こりの斧で切り倒されたように、前のめりに倒れた。舞台の近くにいた誰の目にも、何か大変恐ろしい事が起ったのだということは明らかであった‥(中略)‥20分後にツォルグニオッティ(劇場付の医者)は顔面蒼白になって、私にウォレンが死んだことを告げた。ウォレンの妻はそんなことは信じられなかった。誰が信じられよう。
勿論、上演を続けることは考えられなかった。私はすっかり明かりがつけられた場内の舞台に戻り、『メトの最高の演技者の冥福を祈って』起立するよう聴衆に求めた‥」
 
by 管野滋樹
  Shigeki Kanno/Opera Singer 
 
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が、始まりました。僕の開講している、オペラ・レッスンのお話です。 
 
 
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